2012年6月22日金曜日

フォッサマグナパークと湯原温泉猫鼻の湯と鬼女紅葉の墓

糸魚川にあるフォッサマグナパークで活断層と枕状溶岩を見た。ユーラシアプレートと北アメリカプレートに沿ってできている新しい地質の帯状の部分をフォッサマグナと言う。
この活断層と枕状溶岩を見る事が出来る、本当に珍しいと云うか貴重な場所です。

小谷村の湯原温泉猫鼻の湯、この温泉が出来て丁度一年との事。まだできたばっかり。
ここのオーナーのおじいちゃん82歳、元気いっぱい。何気なく行って見ると、いきなりおじいちゃんが出てきてこの温泉の話をしてくれた。そして外では何か工事をしていたが、いま岩風呂を造っていると言う。何故かと云ううと、27日にNHKで取材に来るという。だから今の露天風呂だけでなく新しく岩風呂を造っている。因みに7月17日NHK長野放送局18:30からの放送との事。
この温泉、露天風呂しかない。洗い場も、水もない。温泉を引いてきて風呂に入れているだけ。100%天然温泉、大人400円、一泊1000円、食事なし、自分で用意する事、持ち込み自由。
11時過ぎに行ったが温泉に入れたのは12時過ぎ、ずっとおじいちゃんの話を聞いていた。
温泉から出ると、昼ご飯を出してくれた、おまけだって。
実はこのおじいちゃん、長野県塩尻市で、お寺の住職をしている。
ここを出たのは3時をまわっていた。

鬼女『紅葉』、紅葉伝説の地、鬼無里を訪ねた。
紅葉は妖怪だったかも知れないが、本当の人間らしさを感じる。それと、きっとこの伝説のモデルになった人物がいたのではないかと思う。
他にも見たいゆかりの場所もあったが、いつかまた来る事に。

戸隠まで来ました。戸隠神社駐車場、ここで停泊します。
明日は古道を歩きます。もしかしたら、もう一度鬼無里へ。長野まで移動します。


【フォッサマグナパーク】


フォッサマグナパーク入口
活断層「糸魚川~静岡構造線」と「枕状溶岩」が見える。

巨大な枕状溶岩。

網のかかった部分がみんなそう。

別な場所のよくわかる枕状溶岩。
白い丸は心霊写真じゃありません。小雨がフラッシュライトに光っただけ。

枕状溶岩とは、ん~。ところ天を突くとき、先に棒状になって出てくる。
そんな感じ。溶岩が地表に出る時、一か所でなく何本も同時に吹き出
し急激に冷やされできたもの。ここは昔海底だった、そこに噴出した
もの。それが枕を重ねたように見える為、枕状溶岩と名付けられた。

この下に活断層が見れる所がある。

白い線の所が、活断層。石垣は周りが常に崩落しているため
に積んである。その裏には擁壁があるらしい。

この断層の左がユーラシアプレート、右が北アメリカプレート。

リボンのついた杭が活断層。
この活断層の左は約2億6000万年前の地層、右は約1500万年
まえの地層、この新しい地層の部分をフォッサマグナと言う。

この様に見えるのは調査の為に人工的に掘り出したもの。

フォッサマグナの幅はここが西縁で右縁は良く分かっていない。
およそ柏崎~千葉県あたりが右縁。

右の山の所に、枕状溶岩が露頭している。




【湯原温泉 猫鼻の湯】

ここの場所は長野県北安曇野郡小谷村。道の駅小谷より少し糸魚川の方へ行ったところ。
こんな旗に惑わされ行って見る事に。

これだけ、露店風呂しかない。左奥の三角屋根の方が男、右手前が女露店風呂。

一応屋根が付いている、ただこれだけ。あとは何もない、洗い場も水も無い。

脱衣場、二階がある。

ここ、泊まれる所。1泊1000円。

休憩所、左の女性が便宜上オーナー。と云うことらしい。

左がお客さん、右は実質オーナーのおじいちゃん。
先程の女性のお父さん。お昼をごちそうになった。

女性風呂、見せてくれた。こちらも何もなし。

ひとつあった、桶風呂。

外で作業をしているのは、岩風呂を作っている。

右の下は姫川、右の山にはクマも日本カモシカもいるらしい。

最後にこれに感想を書いていけと言われた。
また来るよ。って書いておいた。

外の岩風呂が出来る所、昔の街道沿いになっている。
塩街道と言われた道。その先に猫鼻石仏群があった。
これから、猫鼻の湯になった。


【鬼女『紅葉伝説』】
 
 
 
紅葉伝説のあらすじ
 
会津に子に恵まれない夫婦がいた。夫婦は魔王にお願いした。女子が生まれ呉葉と名乗った。呉葉は才色兼備、そして妖怪だった。豪農の息子に結婚を迫られた。呉葉は分身を造り結婚させた。自身は京に上がった。偽呉服は糸の雲に乗り消えて行った。京では紅葉と名乗り琴を教えていた。やがて源経基の目にとまり局となった。御台所が病になり、紅葉の妖術だと言われ、戸隠に追放された。この地に着いた紅葉に里人は、御台所の嫉妬で追放された。と哀れみ内裏屋敷を建ててくれた。紅葉は病に苦しむ里人を祈祷で直してやった。紅葉はこの地を水無瀬と名付けた。他に東京、西京、二条、三条と付け、京の暮らしを偲んだ。軍資金を集め京に再び行こうと、山賊となり戸隠の岩屋に陣を構え、村々を襲った。その噂を天皇が知り、平維茂に成敗を命じた。平維茂は紅葉を捕えに来たが妖術で追い払われてしまう。平維茂は妖術に対抗できる宝剣を授かり再び紅葉の成敗にやってくる。紅葉は宝剣の前では術が使えず雲に乗って逃げようとする。宝剣が弓の如く紅葉の胸に刺さり地に落ち息絶える。享年33歳だったと言われる。人々はやがて、この水無瀬の地を鬼のいない里、鬼無里と呼ぶようになった。
 
 
松厳寺、ここに『紅葉』の墓がある。

本堂、この中に紅葉にまつわるものがいくつかある。
平維茂が紅葉征伐の絵巻や紅葉の想像画など。

紅葉の家臣の墓。

紅葉の墓。

門のすぐ横にひっそりと祀られている。

紅葉の想像画。

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